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浄土宗開宗850年を迎えて「法然上人一代記」⑨法然上人と善導大師




2024年、法然上人が43歳で浄土宗を開宗されてから850年の月日が経とうとしています。


現在、全国では浄土宗開宗850年を記念して様々な事業が行われています。


昨年、浄楽寺におきましても、 増上寺布教師会の神奈川メンバーにて、 記念対談・記念念仏などが行われました。


800年以上もお念仏が縁としてつながり、 現代のわれわれの元にも教えとして伝わっているとは、本当に有難いことです。


法然上人がお念仏のみ教えに導いて下さらなければ、 来世での極楽往生は叶わず、輪廻を繰り返すばかりでした。


この850年のありがたさを皆さんにも感じていただくために、 法然上人の一代記を連載でお送りしたいと思います。


「九、法然上人と善導大師」                                          

 法然は善導の著書の導きにより、 念仏をとなえることによって救われるという確信を得たものの、 浄土宗の協議を確立したわけでもなければ、 教団組織を創立したわけでもありませんでした。


念仏に光明を見た法然は、 専修(せんじゅ)念仏といわれるように、 一日六万遍もの念仏を称え始めます。


その一方、この教えが万人を救うという確信を得ていたにもかかわらず、 今、自分が味わっているこの喜びを他人に説くことに踏み切れずにいました。


「末法のこの時期、心が乱れる人々に私の声が届くのだろうか」 と不安に駆られていたのです。


まして法然は自分が善導と対面し、 直接教えを伝承したわけではないことにも一抹の不安を抱いていました。


ある夜、不思議な夢を見ます。


紫の雲が沸き上がり、その中から様々な色をした鳥たちが飛び立つ、 すると上半身は墨染の衣をまとった姿で、腰から下は金色に輝いた僧侶が現れ 「私は善導です。あなたが念仏を弘めることが尊いので来ました」 と教えを弘めることを促して去って行きました。


これはまさに法然の確信が善導の思いにかない、 その教えを広めることを認められた証だったのです。


それは法然の思いが実った対面であり、 夢の中で対面した善導の姿は、尊い仏の姿と我々凡夫の姿とを兼ね備え、 その両者の立場を踏まえたもので、 念仏の教化を躊躇する法然の不安を取り払おうとする目的が反映されていたのでしょう。


法然は自分が浄土の教えを広めるよりどころはひとえに善導によると述べていますが、 法然の善導に対する思いは並々ならぬものがありました。


法然が東大寺で「浄土三部経」を講義した時には、 善導を「三昧発得(さんまいほっとく)の輩(ともがら)」としています。


これは高度な宗教体験をされた尊敬するに値する人という意味です。


ところがさらに後年になると、 中国から渡来した著書と自身の高度な宗教体験にもとづき、 「選択本願念仏集」の中で「善導は阿弥陀仏が仮の姿で現れた弥陀の化身」と述べ、 善導は仏そのものの地位へと引き上げられています。


続く



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#法然上人一代記

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