浄楽寺

JORAKUJI

開創 平安時代後期~鎌倉時代初期(※推定)

宗派 浄土宗

寺号 金剛山勝長寿院大御堂浄楽寺

願主 和田義盛。この地域に7つの阿弥陀堂を建てたという伝承。浄楽寺はその内の一つの阿弥陀堂。※現本堂は江戸時代改修

所蔵 運慶作 国指定重要文化財 仏像5体(阿弥陀三尊、毘沙門天、不動明王) 横須賀市指定重要文化財釈迦三尊仏画

開山上人 お寺を開創した僧侶の名前は不明、鎌倉光明寺2世、浄土宗4世の白幡流寂慧良暁上人が開山(中興)上人とされている

​住所 神奈川県横須賀市芦名2-30-5

寺伝

寺伝によると、文治5年(1189)に源頼朝が父・源義朝の菩提を弔う為に創建された(鎌倉にあった)勝長寿院が、建永元年〔1206〕の台風による堂宇破損を機に現在地に移したとされる。鎌倉にあったときは大御堂などとも呼ばれ、現在でも地名として残っている。また、和田義盛の七阿弥陀堂の内の一つとして建てられたという説もあるが、運慶仏から発見された名さつの記載によると後者が有力であるとされる。鎌倉光明寺の資料によると建治元年(1275)に浄土宗4祖寂慧良暁上人(浄土宗大本山鎌倉光明寺2世)が移住し中興したため開山としている。天正19年(1591)徳川家康より朱印地3石を賜わった。火災や震災などによって幾度か堂宇が半壊しているが、いずれも再建されている。本尊である阿弥陀三尊と不動明王・毘沙門天は全て国指定重要文化財に指定されており、調査の結果、運慶が小仏師を率いて平(和田)義盛と芳縁小野氏が願主の下、造立したものであることが判明した。境内墓地には日本近代郵便制度を整えた前島密の墓がある。

​国指定重要文化財

寺伝で本堂に安置してある仏像は勝長寿院の「成朝作阿弥陀三尊」とされてきたため、国宝指定されていた。大正時代に国宝の基準が変わったため一度国宝指定はなくなったが、大正15年に阿弥陀三尊(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)のみ国指定重要文化財となった。その後、昭和34年仏像研究の久野健氏による調査が行われ、毘沙門天の胎内から木造月輪形の銘札が発見され、続いて不動明王の胎内にも同様の銘札が発見された。三尊の胎内には同様の銘札は確認できなかったが、胎内に同様の筆跡で陀羅尼(お経)が墨書きされていたことで5体全てが運慶作の仏像であることが決定付けられた。昭和45年に横須賀市・神奈川県・日本国の協力の元、仏像を納める収蔵庫が建立され、その後昭和50年不動明王・毘沙門天も同様に国指定重要文化財になった。現在運慶作の仏像は全国でその真作とされるものが17体。そのうちの5体が浄楽寺収蔵庫に安置されている。神奈川県内では鎌倉大仏のみが国宝になっているので、横須賀にも国宝をという活動が展開されている。

浄楽寺年間行事

浄楽寺では四季折々様々な仏教行事をおこなっております。

その中でも有名なのは十夜法要。この一日のお参りが浄土の千年のお勤めにも劣らないとされています。御開帳も行っていますのでぜひお参りください。

また、浄楽寺では一般の方にも向けてフリースペースレンタルやお教室をおこなっております。

​毎月開催される修行体験にもまずは一度足をお運びください。

バナー浄楽寺参り.png

浄楽寺

神奈川県横須賀市芦名2‐30‐5

​046-856-8622

運慶/阿弥陀三尊/厄除け不動明王/開運毘沙門天/国指定重要文化財

和田義盛/北条政子/源頼朝/七阿弥陀堂/勝長寿院/御開帳

前島密翁/近代郵政制度創始者/郵政の父

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