今月の法話「師走」


成最後の十二月になりました。

平成生まれというと「若いなぁ」なんて言っていたのも懐かしく、元年生まれももう三〇歳、なんだか感慨深いものを感じますね。

一年の終わり、十二月を師走といいますが、この「師」というのはお坊さんのことを言いまして、お坊さんが走り回って忙しくしていたというのが由来となっております。

それなら8月のほうが師走なのではないかと思いながら…

「慌ただしい」という漢字は心が荒れる、

「忙しい」は心を亡くすとお書きします。

本当に漢字というのはおもしろいですね。まさに、その行動の本意まで教えてくれます。

皆様はこの忙しい年末時、いかがお過ごしでしょうか。

心は荒げてはいないでしょうか?

心を失い大切なことをわすれてはいないでしょうか?

思いやりの心は持ち続けられているでしょうか?

法然上人はお残しになられた語法後の中で

「私たちの心は猿が木から木に飛び移るように移ろいやすいものである」とおっしゃっております。

時には怒り、心が煮え立ち

時には悲しみ、心が沈み、

時には喜びを感じ、心ははずむ。

そういった感情に振り回され、気持ちの浮き沈みで落ち着くことのない私たちの様子を例えられた言葉でありますが、本当に振り返ればそのお言葉のとおり。我々の落ち着きのない定まらない心はいつも地に足つかずに日々の中で何が大事なのかも見据えられない、さらには大切なことをおろそかにしてしまっているように感じます。

私たちがいるこの世界は「自分の思い通りにはいかない世界」です。法然上人は穢れた地である穢土と申されました。

本当に何一つ思い通りにはなりません。

大人になればわがままも言ってられません。

会社やご近所では、嫌いな人、苦手な人とのお付き合いもあることでしょう。それだけではありません。自らも不本意ながら年を重ね、病を患い、死へと近づいていきます。

ですが求める心は収まることを知らず、求めるものが手に入らないと、心が疲れ、やつれ、余裕がなくなります。

すると、知らぬ間に「ひがみ妬み恨み」が増えてしまいます。

心の器がいっぱいになってしまいますと、口から愚痴がぽろぽろとこぼれてしまいます。

なかなか仏様に喜んでいただけるような日暮らしを送れない私たちでございます。

1年間を振り返りますと自分をほめられることなどいくつもないことに気が付きます。対称に、後悔の念は多く残ります。

ある映画で「あなたは善人ですか?信用してもいいですか?」

というシーンがありました。彼は「善人であっても悪人であっても答えは一緒でしょう」と言っていました。

皆さんはこの質問に心から「はい。私は善人です。」と答えられるでしょうか。

「雪のうちに 仏のみ名を唱ふれば  つもれる罪ぞ やがて散りぬる」

法然上人がうたわれた一句でございます。

る私たちが知らぬ間に冒してきた、雪のようにどんどんと積み重なる仏教のいうところの罪は、「南無阿弥陀仏」=「阿弥陀仏どうぞ助けたまえ」と阿弥陀様にすがり心よりお称えすればその功徳で積もった罪も洗い流すことができるとおっしゃっております。

年の暮れにはこの一年で積もり積もってしまった心の垢を洗い流し、心機一転、新しい年を気持ちよく迎えられるよう、本尊様、ご先祖様にお参りください。

また、元旦にはその年の志を誓い、家族の安泰を願うべく初参り、当山修正会に御参詣くださるようお願い申し上げます。

今年もお世話になりました。 

南無阿弥陀仏

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