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執筆者の写真副住職

4月のネット法話「震災を振り返り」



今年は東日本大震災からちょうど10年の年になります。


3月11日にはたくさんの震災関連の番組が放映されていました。


大震災はこの世での無常を強く思い知らされた出来事であったと思います。


昨日まで一緒にいたのに、 話していたのに、 その笑顔を見ることができたのに…。


それが、たった一日で世界が変わってしまいました。


自然は、その人のこれまで行ってきた善行、悪業の縁に関係なく、 「誰を」と選ぶわけでもなく、すべてを飲み込んでいきました。


「なぜあなたが…。」そんな悔しい思いもたくさんあったことと思います。


しかし、それがこの世の無常です。

明日が当たり前に訪れることはありません。


いつ別れが来るかもわからず、 いついい出来事が、悪い出来事が起こるかもわかりません。


そんな娑婆世界で生きている私たちは、 日々の中に感謝と反省の心をもち続けなければいけないと強く思います。


どんなに努力しても後悔を消し去ることはできないかもしれません。


それでも、愛する人には愛を与え、言葉で伝え、反省は行動で示し、

繰り返さないように努力する。


そんな日々の精進が大切ではないでしょうか。


諸悪莫作(しょあくまくさ) 衆善奉行(しゅぜんぶぎょう) 自浄其意(じじょうごい) 是諸仏教(ぜしょぶっきょう) 七仏通誡偈(しちぶつつうかいげ)というお釈迦様のお言葉です。

「もろもろの悪をなすことなく、善き行いに努める。 そして心を浄く保つ。これこそが仏教である」


悩み、苦しみは強く執着することで生まれます。


モノや心をもたなければ、 悩み苦しみは存在しないのです。


しかし、それはあくまで道理であり、 現実的ではありません。


求めすぎず、持ち過ぎず。


そして、悪を進んで行わず、善きことを行う。


そこに、日々当たり前と思っていることへの感謝や、 いつかは別れてしまうことになる人との時間の過ごし方があるのかもしれません。


そして、 いつかくる命の終わりの先にある極楽浄土を信じ、 日々の中にお念仏を称えることが、別れがあったときの心の安定と、 希望を失わない生き方ではないでしょうか。


震災物故者の霊位に供養の思いを込めて。


南無阿弥陀仏

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