2026年9月のネット法話「命のバトン」

9月に入り、朝晩には秋の訪れを感じる日も増えてまいりました。
その一方で、各地では豪雨による土砂災害など、厳しい自然災害が相次いでおります。尊い命を失われた皆様には、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
私たちは、このままでよいのだろうか
災害が起きるたび、「私たちはこのままでよいのだろうか」と考えさせられます。
人々の営みが環境に影響を与えていることは確かですが、それだけが原因とも言い切れません。
自然界の大きな変化に、私たちの暮らしによる負荷が加わり、その変化を加速させているのかもしれません。
地球温暖化を抑えようと言われても、私たちの生活のすべてが関わっており、何をどうすれば、どれほどの効果があるのか。専門家でさえ、明確な答えを出すことは難しいことでしょう。
しかし、私たちの暮らしが地球に大きな影響を与えていることだけは、間違いありません。
豊かさの中で忘れてしまうもの
そもそも、日々の消費やエネルギー使用の拡大は、技術の発達とともに暮らしが豊かになってきた結果でもあります。
豊かなことが当たり前になると、いつしか「ありがたさ」を忘れ、際限なく消費することが日常になってしまう。
そして、「あとわずかしかない」という状況になって、はじめて節約することや、大切にすることに気づく。
これは、私たち誰しもの日常にもある姿ではないでしょうか。
地球は、誰のものなのか
私たちが暮らしているこの地球は、誰のものでしょうか。
きっと、「誰のものでもない」というのが本当のところでしょう。
誰のものでもないということは、過去の先人たち、これから生まれてくる未来の人々、そして世界中の生きとし生けるものみんなで、分け合い、共有しているものだということです。
この地球を「お借りしているもの」と考えたとき、自分たちの代だけの都合で傷つけてよいはずがありません。
どうすれば大切にできるのか。
そして、次の世代へどう美しく渡していくのか。
そこまで想いを馳せる必要があるのではないでしょうか。
私たちは「命のバトン」の途中にいる
私たちが今享受している衣食住や技術、文化や智慧はすべて、先人たちの努力と工夫の結晶です。
誰かが想いを込め、バトンを繋いできてくれたからこそ、今の私たちの暮らしがあります。
まさに、無数の「命のバトン」が連なってきた歴史の上に、私たちは立っているのです。
それを、自分たちの代だけで使い果たしてよいはずがありません。
世界をコントロールする完璧な仕組みはありません。
だからこそ、何より大切なのは、私たち一人ひとりの「意識」と「振る舞い」なのだと思います。
「今まで、誰が何を残してくれたのだろう」
「いただいたこの命や恵みを、どこへ、どうやって返していけばよいのだろう」
そう問い直す心の中にこそ、これからの希望があるのではないでしょうか。
お彼岸が問いかけていること
こうして考えていくと、私たちは目に見えるモノだけでなく、目に見えない多くの「想い」を受け継ぎ、また次へと渡していく存在なのだと気づかされます。
実はこれこそが、お彼岸という時節が私たちに問いかけているテーマでもあります。
お彼岸というと、「ご先祖様のご供養をする日」というイメージが強いかと思います。
もちろん、それも大切なことです。
しかし、お彼岸の本義は「到彼岸(とうひがん)」。
迷いのこちら側である「此岸」から、悟りの世界である「彼岸」へ至ることにあります。
そのために六波羅蜜(ろくはらみつ)の教えを修め、お念仏を称えます。
ご先祖様への感謝とともに、自分自身もお念仏を称え、やがて同じお浄土で再会させていただけるよう願うのです。
お彼岸とは、
「自分もいつか、この世を去る時が来る」
という真実に向き合う大切な時間でもあります。
自分は、次の世代に何を残せるだろうか
自分がこの世を離れる時、次の世代に何を残すことができるでしょうか。
皆様の大切なご家族の中で、先に旅立たれた方々のことを思い返してみてください。
きっと、大切な何かを遺してくださったはずです。
そして何より、仏教というこの世の真理と向き合う尊い仏縁を残してくださいました。
ご先祖様がいてくださったからこそ、今こうして温かいご縁が繋がっているのです。
このお彼岸に、少しだけ立ち止まって
どうぞこのお彼岸には、胸に手を当てて、静かにご自身と向き合ってみてください。
「このままの暮らしで、次の世代に何を残せるだろうか」
「すべてを自分の代で使い切ってしまってよいと、どこかで思っていないだろうか」
そう問いかけることは、決して自分を責めるためではありません。
これからの生き方を、より良いものにしていくための温かな「戒め」です。
心に小さな気づきが生まれたときこそ、歩みを進める絶好の機会です。
共にお念仏を称え、一日一日を丁寧に重ねてまいりましょう。
合掌
南無阿弥陀仏
