~気の遠くなる時間~
落語の「寿限無」に出てくる長い名前の中に「五劫の擦り切れ」という一節がある。
この落語は生まれた子どもに縁起のいい名前をつけてもらおうと、和尚に縁起のいい言葉を聞いて全部を名前にしてしまったという話だ。
「五劫の擦り切れ」がどうして縁起のいい名前なのかというと、「五劫」が気の遠くなるような長い時間を表していて、長生きの願いが込められているからだ。
「劫」とは仏教でいう時間の単位。
縦横高さが百六十キロメートルの大岩があり、二百年に一度だけ天女が舞い降りその衣が大岩をなでる。
一劫とはついにその大岩が擦り切れるまでの時間だというのだ。
この劫が一億回続いた時間のことを「億劫」という。
このような途方もない時間を想像すると、なんだかそれだけでいやになってしまいそうになるが、同じように掃除・日常の些細な事をやらねばと考えると、苦手なことは特にやる気がなくなって面倒くさいと考える。
これが「億劫」となって現代で使われている。
ちなみに阿弥陀仏の修行期間は十劫である。
有難い。
南無阿弥陀仏