普段何気なく使っているけどこれはもともと仏教用語「退屈」の本当の意味とは?


日本語は他国に比べても、ワードが非常に多いです。

日本人として正しく本来の言葉の意味を理解して言葉を使いたいものです。

そんな本日は「退屈」ということばについて。

落語にあくびを習いに行くという「あくび指南」という噺がある。 当時は習い事をするのが流行っていたそう。 一人が面白い習い事を見つけたという。


行きたくなさそうにする友人を引き連れてあくび指南所に向かう。


師という人と向かい合わせになってアクビの仕方を教えてもらうが、 江戸っ子の一人は威勢がよく、なかなかアクビが出ない。


オチは連れ添っていた友人が、 そのお稽古の様子を見ていてあまりにばかばかしいので 「退屈で退屈で…はぁーあ(アクビ)」と本物のあくびをしてしまうというもの。


アクビは無理にしても出ない。 アクビの指南には退屈がいい、なんて噺である。


「退屈」ももとは仏教の言葉である。


仏道を求める修行僧が、 悟りを得るために乗り越えねばならぬ大きな壁に嫌気がさしてしまうことを「退屈」といった。


読んで字のごとく、 心が後退して困難に屈してしまうということなのである。


仏教用語が日常化して、逆の意味でつかわれる言葉はたくさんあるが、 この言葉も本来とは真逆の意味で使われている。

でも、確かに、退屈な時間というのは実に困難なことである。

今年も退屈しない活気のある一年にしていきたいと思う。


合掌


#退屈

#正しく使う智慧

#壁は超えていけ


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