普段何気なく使っているけどこれはもともと仏教用語「冗談」の本当の意味とは?


日本語は他国に比べても、ワードが非常に多いです。

日本人として正しく本来の言葉の意味を理解して言葉を使いたいものです。

そんな本日は「冗談」ということばについて。

「冗談もわからない人だねぇ」



ご愛敬とか、ユーモアがわかるとか、なんだか現代における冗談はとても価値が高いもののように感じることがある。


関西に行けば冗談の一つも言えなければ仲良くしてもらえないらしい(冗談)。


もともと仏教で使われた「冗談」とは、ふざけた話でも面白い話でもなかった。


…もちろん、中にはそういうのもあったのかもしれないが、仏道修行に関係のない無用の雑談のことを「冗談」と呼んだのである。


いくら俗世間を捨てた修行僧でも、例えば丹精込めて手入れした植木に花の一つも咲けば、仲間と雑談もしたくなるだろう。


一応、仏教の教えとは無関係なことなので、日常生活の一コマとしてリラックスできた時なのではないだろうか。


(このような言い方をすると仏教が息苦しいものに聞こえてしまうような…誤解を招かないようにしておきたい)


こんな一面でもリラックスできたなんて考えると、現代において娯楽第一ともさえする風潮は行き過ぎなのであろうかとも考えてしまう。


一日の半分が冗談ばかりのテレビ番組で過ごす人、なんともないユーチューブなどのネット配信の映像で時間を忘れる人。


学び方にも過ごし方にも多様性があることは悪いことではないのかもしれない。


だが、心を豊かにしてくれる仏教を少しは学んでみてはいかがだろうか…。


現実は冗談ばかりではいられないのだから。


合掌


#冗談

#心豊かに


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