普段何気なく使っているけどこれはもともと仏教用語「人間」の本当の意味とは?


日本語は他国に比べても、ワードが非常に多い。

日本人として正しく本来の言葉の意味を理解して言葉を使いたいものだ。

そんな本日は「人間」ということばについて。

娑婆世界の一片


こんなお説教を耳にしたことはないだろうか。


「人の間と書いて人間と読む。 一人では生きていけないのが人間だ。 助け合いの心が大切だ。」


昭和の学校の先生はよく言っていたように思う。


果たして「人の間」、その解釈は正しいのか? はたまた読み違いであろうか。


そもそも仏教語として「人間」とは、 生まれ変わり死に変わる 六つの世界(六道輪廻で説かれる地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天)のひとつであり、 「人が住んでいる所」という「場所」を意味している。


このような言い方をすると何やら他人事であるかのようだが、 それもそのはず、 仏さまの立場からみていったのが「人間」なのである。


人を含むこの六つの世界は、 お釈迦様の教えからするといずれも悩み苦しみから離れられない世界とされ、 そこから離れることを目的とした。


目指すは7つ目の世界、極楽浄土であると。


しかし、ほかの世界を知らない人間は、 苦しみや迷いに満ち溢れていても、この世界がいいと言う


法然上人はすべての人を「足萎え目しいたらん人」とあらわした。


智慧も行も足りない存在だと。


いいことばかりではないかもしれない。

でも、悪いことばかりでもない。


序列2位の人の世界はほかの世界に比べると

まだ、苦しみが少ないと言えるのか。


この人間の世界でしか「仏の教え」に出会えないと説かれる。


つまり仏縁をいただけるのは、

この人の世界に限られると。


だからこそ甘んじることなく、6つの世界から離れること(解脱(げだつ)) を目指し、仏の教えに身をゆだねるべきだと。


それでもこの世界から離れるのは寂しいと「無知」は思う。


南無阿弥陀仏


#人の世界

#序列2位

#仏縁

#次は人には生まれない

#地獄と極楽どっちが好き



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