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仏教からなることわざ「嘘も方便」の意味とは?




日本語は仏教用語に由来するものが多い。

その中でも教訓として作られることわざには仏教の教えが 多く用いられていることを知っているだろうか。

本日は「嘘も方便」ということわざの意味について。

慈悲が無ければ嘘は罪


嘘をつくのは常識的によいことではない。


しかし、時と場合によっては嘘も必要だというのが「嘘も方便」だ。


この「方便」は、梵語のウパーヤを訳したもので、 目的に至るまでの道すじ、巧みになされた手段という意味である。


「法華経」には、こんな話がのっている。 火事になったのに、家の中には子ども達が無心に遊んでいた。そこで父親は、「外には羊や鹿や牛が引く車がある。早く出ておいでよ。」と呼びかけた。子どもたちは大急ぎで出てみたが、そんな車はない。父親は、安全に避難させることができてほっとした。

そして、子どもたちには白い牛が牽く素敵な車を与えたという。


この話のように、 苦しみのこの世から衆生を救うための巧みな手段が「方便」なのである。


方便には、あたたかい慈悲の心がこもっているものなのだ。


嘘は妄語戒、口で犯してはいけない罪の一つである。


自分の都合で嘘をつき「相手の為である」などと言ってはいけない。


なんでもかんでも「嘘も方便」とするのは、 仏教本来の精神から外れてしまうことになる。


合掌


ことわざを知ることは大切なことだとあらためて思い知った。


#慈悲 #救い

#嘘











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