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7月写経会の法話


謹み敬って拝読し奉る

元祖法然上人御法語の中にのたまわく

「はじめにはわが身を信じ、後には仏の願を信ずるなり」

とー 十念

皆さんこんにちは。副住職の土川憲弥です。

本日は浄楽寺写経会にお参りくださいましてありがとうございます。

前回同様、これから少々のお話をいたしまして、写経を行い、その後本堂にてご回向を行います。まずはお話させていただきますが、どうぞお楽にして聞いてください。

関東も梅雨明けということでございますが、今年は例年よりさらに暑いような気がしませんか?会う人、会う人にご挨拶は「おあつうございます」ともうしておりますが、何もせずに汗が噴出してくるわ、汗が引かないわでまるでサウナにいるような気分でございます。

日本にはご存知、四季がございますので、いつでも、ちょうどのいい季節というのがございます。

例えば、サーフィンをするなら暑い夏がいいですよね。スキーをするなら雪がなければいけないので寒い冬になります。鍋を食べるのも冬がいいですよね。

紅葉を見るなら秋で、お花見をするのは春となります。

例年行っております、草刈りですが、これは夏に行うべきことではないと思うんですね。それはわかっているのですが、お盆がありご先祖様をお迎えするにはきれいなお墓、きれいな境内でなければと掃除するわけでございます。

ちょうどのいい季節ではないですが、ここでするしかないわけですね。

今年はそれでも例年より一週間ほど早い、7月30日になりました。これも少しでも涼しい時期にという配慮のつもりなのですが、今年はすでに暑いですね。

そんなわけでそろそろ大掃除のじきだと思いまして、以前から気になっておりました歴代の墓を見に行ったところ、破損も見られ、草も伸び放題だったこともありまして、これは大掃除前に何とかしなければと、やはりこの最悪な時期に修理と清掃を始めたわけです。

始めて1時間で思いました。「これは春にやっておくべきだった。」

いつだって気づくのはギリギリ、中々用意周到にということができません。

反省しながら作業に取り掛かります。

掃除を始めた当日、朝から始めまして、だいたい10時ころまではそんなでもないんですね。

10時を回りますと一気に日差しが強くなってきて、虫の声も大きくなります。

全身汗びっしょりで手袋をしている手がふやけてしまうほどでした。

普段やりなれないことですので、あまり無理をしてもということで、

初日の作業は午後過ぎくらいまでにしておきました。

しかし、この晩、ひどい頭痛に襲われまして。

まんまと熱中症になってしまったわけです。

普段から、偏頭痛持ちですので割りと頭痛に慣れているような気になっていたのですが、熱中症の頭痛はとんでもないですね。

割れるような痛みが数時間続きまして、しまいには吐き気もする始末。

おでこにヒエピタを張り、あご下のリンパにもヒエピタを張り、氷枕をキンキンにして、頭を冷やして、早くこの頭痛から逃れたいという一心でした。

数時間の格闘の末、朝方にようやく眠りにつけたのですが、二度と繰り返したくない夜でした。

皆さんは熱中症になったことありますか?

私は、初めてなのですが、こんなにひどいものかと、より一層警戒するようになりました。

だいぶよくはなりましたが、次の日も頭痛が少し続きましたので一日だけ休みをいただき、その翌日から作業を再開したのですが、頭にはタオルに麦藁帽子で紫外線カットをし、水分補給をこまめにとる、休憩のときは少し日陰に行き体温を下げるように意識するなど、もう二度と繰り返したくないという気持ちから十分に気をつけながらの作業になりました。

普段なんでもないので意識しないのですが、意外と自分は弱いものだなぁと気づかされた経験でございました。

自らを知らずして、「反省」の一言でございます。

皆さんも30日の清掃の際には十分に気をつけて作業していただければと思います。

さて冒頭に申しました、法然上人のお言葉ですが

「はじめにはわが身を信じ、後には仏の願を信ずるなり」

ということでございます。

これは、始めにわが身のほどを信じ、後には仏の本願を信じるということでございますが、まずは自分の器を理解し、その上でこそ仏様の本願を信じきることができるということです。

仏様の本願と申しますのは、阿弥陀仏様の一番の願いでございますが、これこそがお念仏の御教えです。極楽世界に必ず生きたいと強く信じ、「南無阿弥陀仏」と称えたものを、その状態、身分、性別、罪悪問わずしてすべての人を救ってくださるということです。これを阿弥陀様の本願と申します。

自分の器というのは、スケールの大きさであるとか、人を先導するための人間としての器ということではありません。

我々がどこまでも至らない人間であり、「人間」というものにおいて比べたときにですね、大小もなく同じく反省すべきものであるということです。

「罪悪生死の凡夫」であるといいます。

われわれは普段から数え切れないほどの罪を犯し続け、この世に生まれるまで生まれ変わりを繰り返してきたわけですが、その真理を知らず、生まれ変わりを繰り返すものを「罪悪生死の凡夫」と申します。

このようにお話しますと、「私は罪なんか犯してないですよ」と思うかたが大半だと思います。別に皆さんのことを悪い人だといいたいわけでもありません。

しかし自分が思っているほど自分というのは中々、高評価できない存在です。

どんなに良い心を持っている人でも、「人と人」という世の中にでますと中々いい心を保つことができません。

競争になれば誰かを蹴落とさなければいけない。時には相手の機嫌を見ながら、都合のいい嘘もつかなければいけない。人の社会というのは常に、嫉妬、憎悪など悪い欲で満ち溢れた世界です。

確かに、人を殺したことがありません。物を盗んでつかまったことがありませんといった法律上で言うところの罪でいえば、多くの皆様がまだ犯していないであろう罪ではございます。

そして我々の中でもそういった法律上の罪というのが一般的な「罪」という解釈をいたします。

しかし、事実、生まれ変わりを繰り返し、未だこの六道の世界にいるということは、今まで仏様の真理に出会わず、仏教としての罪を犯し続けてきた我々であるということなんですね。

人に多くを求め、それがうまくいかないとなると怒り、無知である自分に気づかない我々です。

あの人はこうだ、この人はこうだと他人の批評ばかりするのに、いざ自分となるとどうでしょう?そんな自分を棚に上げないと人の悪口もいえない我々です。

最近政治家の幼稚な報道が多く見受けられますが、実際のところはどうかもわからないのに、報道をうのみにして解釈し、「これだから政治家は」といってしまう我々。

殺人事件があれば、「やだねぇ。考えられないねぇ。」とその背景も見ずに批判ばかりしてしまう我々です。

世の中には無限にあるといわれる「悪縁」にめぐり合ってしまったとき、もしかしたら同じことをしてしまうかもしれないということがあるわけです。

例えば自分の子供が襲われそうになっていたら、もちろん子供を守るためではございますが、その人を目の前にあった包丁を持ち、刺し殺してしまうかもしれません。そういった「悪縁」に出会ってしまった時、いつ自分がそうなるかわからない、そういう我々の器というものがあります。

法然上人は、このご法語の中で2つのことを説いております。

一つ目に、そういった我々であるということをまずは知るということ、それを無しに、仏の本願を信じるということになると、自らが罪を犯してしまったとき、怒りに翻弄されてしまったとき、貪りに心を奪われてしまったとき、みずからがそのようなどうしようもない人間であると卑下して、私のようなものは救われないというものが出てきてしまうかもしれません。

しかしその疑う心こそがまさに救われない心ですから、心の善悪を省みず、罪の軽い重いをもあれこれ言わず、心に往生しようと思って、口に南無阿弥陀仏と称えて、その声に従って必ず往生できると思わなければいけません。ということです。

どんなことがあろうとも阿弥陀様の本願を深く信じきることが大切であるということを説いておられます。阿弥陀様はそのような罪深いわれわれのことを知っていますし、その上でそんなものでも必ず救おうとおっしゃっているからです。

二つ目に、この私の器ではどうにも、この阿弥陀ほとけ様の本願でしか極楽へは往生できないということを信じることです。

これはわが身のほどを理解することで、こんな自分でも救っていただける、こんな自分では、阿弥陀様のお力をお借りすることなしには救われることができないということに気づくということです。

病気のものは病気のままにお念仏を、女は女のままに、男は男のままに、罪を犯したものもその身のままに、しかし阿弥陀様を信じてお念仏を申しなさいということです。

「こんな私」であるという事実を理解して初めて阿弥陀様に頼ることができます。

普段の生活の中ではどうでしょう?

我々は一人で生きているわけではありません。人と人の円という中で生かされております。一人では生きていけない私たちは、動物や、植物の命を頂き自らの血肉とします。家族や親や友人の助けなしにはここまで生きてくることもできなかったことでしょう。

そんななかで自らの至らなさを感じ、反省と感謝の心を持ちます。

そして、自分ではどうにもできないことを理解し阿弥陀様にお願いするわけです。

その昔、武蔵の国の住人、熊谷次郎直実という武士がおりました。

この方大変勇猛な方で、その武勲からも比べるものの人がないほどであったといいます。

熊谷次郎は平家との戦の際、波打ち際に大将軍らしき武士を見つけました。熊谷は波打ち際にて組み敷いて、上になった熊谷が相手の首を取ろうとして兜を押し上げると、そこには、薄い化粧をしてお歯黒を染めたまだ若い武将の姿があります。

それは、ちょうどわが子とも同じほどの年、一六,一七。あわれに思って「あなたはいかなる身分のお方ですか、お助けいたしましょう」といいましたところ、

「私はあなたには良き敵であろう、首を取って見せればだれかはわかる。」と落ち着いて答えました。

熊谷次郎は、若いのに堂々とした勇気ある大将だ。

それに自分は今日の戦で息子小次郎が浅い傷を負ったが、それだけで心が痛むのに、この若者が討ち取られれば、父親はいかに悲しむだろう。すでに今日の戦は源氏の勝ちで終わっている。

この一人を討ったところで戦の結果が変わるわけでもないと、彼を逃がそうかと思ったが、振り返れば、すでに五〇騎程の源氏の武者がすぐそこまで迫っていました。

 直実は泣きながら、「貴方を助けたいとは思うのだが、すでにわが軍が後ろより迫っている。ここで私があなたを逃がしたところで、他の武者に討ち取られてしまうだろう。それならばせめてわが手にかけて、その後の供養もしようと思います」といいました。

直実はあまりにけなげで哀しかったが、刀を振り下ろし無我夢中で首を落としました。

直実は「ああ、武士の家に生まれるのではなかった。武士でさえなければここまで辛い思いをしなくてもよいのに」と嘆きに嘆いました。

この武士、このとき17歳であった平敦盛であったといいます。

熊谷次郎は、自分の子供と同じ齢の敵将を討ち取ったことにひどく後悔をして、この様な行いをした自分はもう救われないと信じました。

普段から法然上人に帰依していたので、戦から戻るとすぐさま上人のところに尋ねました。

上人が出てくるまでの間、熊谷次郎は自らの刀を研いで待っていたといいます。

上人が来ると今回の一部始終を話し「上人様、こんな私でも救われる道があるでしょうか?」と法然上人に質問しました。

法然上人は「罪が軽かろうが重かろうが、ただ念仏申したならば極楽に往生するのです。その身のそのままにお念仏を称えなさい。阿弥陀様はきっと救ってくださるでしょう」とおっしゃいました。

腕の一本や二本でも足らず、自らの命を絶つことでしか償えないと思っていた直実は、涙をぼろぼろと流して喜んだといいます。

「こんな私でも救われる道がある。」そう信じた直実はそれから連生と名乗り出家し生涯を供養にとしたといいます。

そのときに命を絶とうと思った直実は自らの行いを深く反省し、自らの器を理解することで阿弥陀様の本願に出会い、その後の人生を全うできたということです。

「はじめにはわが身を信じ、後には仏の願を信ずるなり」

自らを知り反省できる心を持ちましょう。

反省の心をもつと人に優しくなれます。

人に優しくなれると自分に優しくなれます。

自分にやさしくなれると心が豊かになります。

心が豊かになると、人生が豊かになれます。

ですから、極楽浄土に行き先をしっかりと見定め、日々の生活の中にお念仏を申しますと、きっと豊かな生活が送れるものと信じております。

本日もお写経をし、お念仏をお称えし、豊かな一日といたしましょう。

それではともどもにお十念をお称えしお話を終わりにしたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。

同称十念

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