彼岸がやってまいりました。


暑さ寒さも彼岸までと申しますが

本日から彼岸の入り。

やはり寒さにも落ち着きが見えてきたような関東の春でございます。

今年も春のお彼岸がやってまいりました。

皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

この春といいますのは、ステップアップの季節ですね。

今までのことに一区切り、新しいことが始まる季節です。

私の娘もこの春で小学一年生。

未知の道を歩むその自分の姿に、期待に胸を膨らませているようです。

暖かい春風とともに、そういう美しい一歩というのは

桜の花もお祝いしてくれるかのように咲き乱れます。

お彼岸お彼岸と申しますと、季節をあらわす言葉のように

とらえる方が多いのですが、お彼岸とはれっきとした仏教行事。

彼の岸=「阿弥陀仏の西方極楽浄土」でございます。

逆に此岸とは「しがん」とよみまして「この世」のことでございます。

彼の岸、極楽浄土に思いをはせて、亡きご先祖様に

南無阿弥陀仏のお念仏を通して近況報告や先祖様のご供養を、回向を行います。

阿弥陀様は自らの声でお念仏、「南無阿弥陀仏」とお称えしなさいと

示されております。

声に出してしっかりとお念仏を申しましょう。

さて、われわれは普段の生活の中で

悪いことをしながらいいことをしようとします。

そしていいことをしながら知らずのうちに悪いことをしているものです。

人間というのはそのようなものであるというのです。

自らの行いすべてを把握できるわけでなく、

いいことだけをしてすごせるようなものでもないのです。

でもいいことをしたら「あぁいいことをしたなぁ」

悪いことをしてしまったら「あぁ悪いことをしてしまったなぁ」

と自らを振り返ることで自分のことを知るようになります。

もちろんそれでも自分を熟知するということはできません。

しかし、熟知できなくても

自らがしてしまった悪いことを反省することがもっとも大事なことだと

浄土宗宗祖法然上人はおっしゃっております。

どこまで気をつけても悪いことをしてしまうわれわれです。

気づいたときには悪いことをしてしまっているわけです。

ですからそれを振り返り「次はしないようにしよう」

そして「それよりもっといいことをしよう」と利他の心を養うわけです。

お念仏のみ教えはそんなわれわれにはぴったりです。

南無阿弥陀仏のお念仏はすべての罪障を洗い流してくださいます。

しかしお念仏をお称えするだけでいいとうことではありません。

そんな至らない自分だと理解し、阿弥陀様に助けを乞います。

そのくらい自分というものをさらけ出して、

ゆだねるわけです。

その上で初めて阿弥陀様に通じるお念仏といえるのではないでしょうか。

罪人は罪人のままにお念仏を申せ

善人は善人のままにお念仏を申せ

そのように法然上人はお説きになってくださっております。

きれいにならずとも、きたないままでも阿弥陀様にすがり

お念仏を声に出してお称えしましょう。

彼岸とはそういった自分と向き合う機会でもあるのです。

お墓参りを大切に。

合掌

追伸:日曜日には浄楽寺にて彼岸会を行います。

法話の後に法要・回向を行いますので、檀信徒の皆様はどうぞお誘いの上お越しください。


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