6月のネット法話「お寺から伝える仏教のご縁」

更新日:8月12日



六月になりました。


今年ももう半分が過ぎようとしています。

人生百年時代と言われていますが、 皆さんは人生のどの位置にいるのでしょうか。


仏教では「無常」を説きます。


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」平家物語の有名な語りだしの一句です。


鐘の音が鳴り、鳴りやむその響きを盛衰にかけて、 世の中の無常さを憂いております。


あたかも永遠のように錯覚する日常には終わりが必ず訪れます。


「縁起でもない」そんな言葉に、 日常では死について語ることを憚れますが、 盛も衰も、お寺から伝えることが求められているのではないでしょうか。



 この度、浄楽寺を含めた五カ寺でお盆の竹灯籠祭りを開催するに至りました。


そこには二つの意図があります。


一つはご縁の在り方が変わってきた世の中で、 半公共的なお寺を活用し、 古くから地域のコミュニティの場として役割を担ってきたお寺で 「つながり作り」の助けとなることです。


コロナ禍で加速したオンラインコミュニティの拡大、 核家族化による関係人口の減少は関係性の希薄化に拍車をかけます。


顔見知りが増えることは煩わしい場面もある反面、 確かな幸福への一助となりえます。


こういった取り組みを通して地域の顔見知りを増やし 「おはよう」「こんにちは」の機会が増えることで、 豊かな日常がうまれることを祈ります。


もう一つは、「お盆参り」について伝えることです。


お盆は本来、盂蘭盆会を指す言葉で、 盆踊りも元は先祖を弔い極楽への縁を結ぶ、一遍上人の念仏踊りでしたが、 昨今は宗教的な盂蘭盆会ではなく、 「お盆」という慣習としてとらえられます。


「お盆にはご先祖様がお帰りになられる」 という意識も本当のお盆に触れる機会が減り薄れてしまっているようです。


そこで、イルミネーション的に竹灯籠を灯し、 地域の方にご協力いただき、お寺にお盆のお参りをする。


そうすることで、改めてご先祖さまという存在を感じ、 生と死について考える機会が生まれることを望みます。


お寺は今後、そういったご縁をつなぐ場としてもっと活用されるべきであり、 仏教の尊い教えを広く伝える必要があると思います。


仏教の教えは、死について語る教えではありません。


避けられない「死」を確かに見据え、 日々をどうやって生きるのか、悩み・苦しみとどうやって向き合い、 どうやって自分も周りも豊かになれるのか、 さらに、死の先にも道は続くことを知り、どう一生を過ごすのか。


一つ一つが丁寧に教えで説かれています。


無常の世の中で、お釈迦様の教えは心を支える杖となります。


教えを伝えるご縁を求めて、盆竹灯籠まつりを開催いたします。


合掌


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